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2010年6月5日土曜日

観劇日記:「裏切りの街」 2010/06/05  森ノ宮ピロティホール

脚本・演出:三浦大輔 出演:秋山菜津子 田中圭 松尾スズキ 安藤サクラ 他 音楽:峯田和伸(銀杏BOYZ)

 まだ観劇後の感動の余韻が残っている。久しぶりに魂が揺さぶられるような舞台を観た。

 三浦さんの脚本・演出は、舞台の上に痛いほどのリアルを再現する。演劇という架空の世界を観に来たのに、私たちは自分たちの日常の薄汚さ、狡さ、やりきれなさをとことん突き付けられる。

 主人公の男女は、日常の暮らしの中でお互いのパートナーとの精神的・肉体的ディスコミュニケーションに絶望し、そこから逃げ出す手段として、テレクラで名前も知らない行きずりの相手との、携帯電話の通話やメールという、今にも途切れそうな細い糸を手繰るようなやり取りにのめりこんでいく。結果的にそれはお互いの肉体を貪るところにまで至る。

 舞台は、一切の虚飾を排した、ぎりぎりと締め付けられるかのようなリアルをこれでもかと描き出す。それは、俳優のセリフにいわゆる芝居らしさが一切ないところや、今の日本を等身大に切り取った固有名詞の羅列、中身のない会話、嘘、相手を傷つけるためだけの発言、愛も快感もないセックスで表現される。救いのない現実の中にいるからこそ、他人とのつながりを求めずにはいられない、人間という存在のもの悲しい可笑しみが私たちの胸をえぐる。

 しかし、三浦さんの人間という弱者に対する視線はあくまでも温かい。名前も知らない二人が、ラブホテルでお互いの肉体を求めあった後、カラオケで「夢の中へ」を熱唱する…。このシーンは、私たちが心の底ではどれだけ他人とのつながりを求めているかが表現されていると思った。言葉を弄するだけの「会話」に絶望した二人が、「一緒に歌う」という行為に救いを求めているようだった。

 最後のシーンも印象的だった。主人公の男女が、いったんは別々の方向へ歩きだすのだが、「やっぱりもう少し一緒にいませんか?」と元の場所に戻ってくる。「まだ自分はだれかとつながっているんだ。」その感覚があれば、私たちはこの絶望的な現実を生きていく力を得られる。そんな風に思える場面だった。

 銀杏BOYZの峯田さんの音楽が、殺伐とした舞台に、美しい叙情を与えてくれた。時に激しく、時に優しく美しく響く音楽。言葉のない世界だからこそ、言葉よりも確かに私たちの感情を表現してくれたのだと思う。

 今回の舞台は、幕が降りた後、銀杏BOYZの峯田さんによる、主題歌の弾き語りライブがあった。上半身裸で現れた峯田さんは、アコギを優しくつま弾きながら、絞り出すように主題歌を歌ってくれた。

 そして、いったん退場した峯田さんが、5分ほどたってからまた舞台に登場して、「夢の中へ」を熱唱してくれたのだ。半分以上の観客が帰ってしまっていたが、残っていた観客は歓声を上げ、舞台のほうへ集まり、手拍子をとって峯田さんと一緒に歌った。こんな感動を与えてくれた峯田さんの優しさがうれしかった。

 駄目でも、ズルしても、裏切っても、それでも生きている。一方では近しい人との交わりを拒否しながら、見ず知らずの人間とのつながりを狂おしいほど求める。そんな矛盾した存在が、現代の私たち人間なのだと、すこし優しい気持ちになれた気がした。

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