私が奥田民生氏のカンタビレの楽曲の中で最も好きなものは、最終楽曲の『解体ショー』である。もう何十回聴いたかわからない。しかし、まだ聴き方が甘かったようである。
みなさんは、この楽曲の冒頭のドラムに気づかれただろうか。「ダダダ」と8分の1拍子を刻み、その後ギターとともに「ジャーン」と入る。私はこれまでここを聞き流していた。しかし、ふと、「これは、ベートーベンの交響曲第5番の『運命』の冒頭と同じリズムだ。」ということに思い当った。不思議なもので、いったんそう聴こえると、そのようにしか聴こえない。
ここからは、私のこの当て推量に基づく考察なので、真偽のほどは保障できない。
民生氏がこのひとりカンタビレという企画を行おうと決意されたとき、その裏には、大きな勇気---それは蛮勇といっても過言ではない---を必要とされた、というのは想像に難くない。様々な葛藤や迷いと戦われ、それでもご自分の未来を切り拓こうという決意を固められた。それは、カンタビレの最初の曲『最強のこれから』に表れているように感じる。
民生氏にとっても初めての経験であるカンタビレライブは、予想もつかないようなハプニングや問題の連続だったのではないか。事実、4月29日のPARCO劇場(収録曲『音のない音』)では、氏のMacがフリーズするという、あわやカンタビレもここまでか、というトラブルが起きた。
そういった様々な困難を乗り越えていく中で、氏の音楽家としての才能、技術の確かさ、志の高さなどが徐々に周りに影響を与えていく。それは単に音楽業界に止まらない。5月21日に日本テレビで放送された「ニュースZERO」のZEROパーソンのコーナーで、氏のひとりカンタビレライブの模様と、音楽業界の行く末を案じ、若いミュージシャンに対する深い思いやりを表現された氏の姿に感銘を受けた方も多いだろう。そして、氏がどれほど誠実に音楽と向き合っておられるか、その姿勢を見せることで、氏は多くの人々に勇気を与えた。私も勇気を貰ったひとりである。
民生氏の中でも、恐らくこのひとりカンタビレライブを行ったことで、何かが変わられたのではないか。それは、氏の勇気ある行動が、周りの人間に確かな影響を与えていると実感し、ご自身の影響力の大きさを改めて認識され、音楽家としての大きな責任を感じられたのではないだろうか。
運命の扉は、困難を承知の上で、あえてそれを引き受ける覚悟を決め、扉を開けようとするものにしか開かない。民生氏は、そのことをこのひとりカンタビレライブを通して確信し、その信念からひとりカンタビレ最終曲『解体ショー』は生まれたように私は感じる。
民生氏は音楽家でいらっしゃるので、氏の世界の表現は音楽の方法論に則っている。しかし、注意して氏の楽曲を聴けば、氏のメッセージを読み取ることは可能だと思う。そして、氏のメッセージは、詞だけではなく、作曲作法、使用楽器、演奏方法など、言葉というものに依存している要素が少ない分、日本語という枠にとらわれることなく、全世界に通じる、力強い普遍性を持っているのだ。
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