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2010年7月25日日曜日

奥田民生:Win-Win Relationship ---ネット配信とCDリリースの共闘 更なる音楽業界の発展へ

奥田民生氏の2年10ケ月ぶりとなるニューアルバム『OTRL』が、8月4日に発売となる。このブログでもお知らせしたが、この『OTRL』は、民生氏が3月15日から5月23日まで、計10回にわたって行ってこられた、「ひとりカンタンビレ」ライブで録音された10曲の音源を、スタジオで再びミックスダウンし、これに「幻の公演」で録音された『暗黒の闇』を追加した計11曲を収録したものである。初回限定盤には、5月7日のSHIBUYA-AXでのカンタビレライブのダイジェスト映像と、質問コーナーの映像が入ったDVDが付いている。Amazonで購入すると、初回限定盤は20パーセントOFFで購入できるので、この奇跡の名盤をぜひ手に入れて聴いていただきたい。また、「Sound & Recording Magazine」7月号で、民生氏のエンジニアでいらっしゃる宮島哲博氏のお話にもあるように、すでに配信済みの音源をお持ちの方でも、リミックスされたものと聞き比べることによって、ミックスダウンという作業がどれだけ楽曲に影響を与えるか、ということを実感するいい機会になることは必至である。宮島氏は上記の雑誌の中で、カンタビレライブを行うに当たってのご苦労やその後のリミックスの際に気をつけられたことなどをお話されており、民生氏の最も近い仕事仲間の一人でいらっしゃる宮島氏から見た、奥田民生という音楽家の佇まいが伝わってくる、大変興味深い内容であった。音楽業界を目指される方は一読をお勧めする。

CDの売り上げが伸び悩んでいるといわれて久しい。CDの売り上げが落ちるに伴って、音楽業界も下り坂に差し掛かってきているようである。売れないCDを何とか売るために、DVDを添付したり、ライブ音源を付け加えたりと、工夫に余念がない。夏フェスのチケットも、売れ残り続出という状況である。こういった状況は、リスナーの音楽に対するモチベーションの低下を表しているだろう。「音楽」が単なる消費の対象として、「使い捨て」ならぬ「聴き捨て」されているのだ。
そして、CD売り上げ減少、つまり、「音楽の使い捨て現象」のA級戦犯と名指しで非難されてきたのが、itunesなどを代表とする、ネットでの音楽配信である。

ネットでの音楽配信が、インターネットの普及に伴って爆発的に広まった。「1クリックで好きな音楽を手軽にダウンロード」「アルバムを買わなくても、好きな1曲だけでも購入可能」といった、手軽さと安価が受けて、音楽のネット配信は、CDの売り上げを圧迫するまでに成長した。また、携帯電話で、「着うたフル」といった1曲丸まるダウンロード可能といったサービスも、消費者に爆発的に支持されてきた。
しかし、最近、この音楽のネット配信、特に携帯電話でのダウンロードが、急速に萎みつつある。だからといって、急にCDの購入に客が戻るわけもなく、音楽業界全体の衰退に拍車をかける、といった様相を呈している。

ここで、この問題に新たな解決策を提示したのが、奥田民生氏のひとりカンタビレライブである。ネット配信の即時性を十二分に活かして、その日のレコーディングライブで収録した楽曲を、3時間以内にレコ直やmoraといった、音楽配信サイトで即日配信。ライブに行きたくても行けなかった多くの民生氏のファンは、「出来立てほやほや」の民生氏の楽曲をほぼタイムラグなしで聴くことができたのだ。また、普段は完成品としてのアルバムを聴くことしか出来ないリスナーが、「アルバムが出来上がる過程」をどきどきしながら見守り、1曲1曲の完成を心待ちにする、という楽しみも同時に与えてくれた。これまで、音楽のネット配信の特性をここまで活かすことの出来たアーティストがいただろうか。私は、寡聞にして知らない。

そして、民生氏のさらに凄いところは、ライブで収録した音源をそのままCDにするのではなく、さらに時間と手間をかけてリミックスし、「音源は同じだが、ミックスが異なる」CDを、ひとりカンタビレツアーが終了してほぼ2ヶ月半でリリースするという偉業にある。ネットでの配信曲がまだ新鮮味を失っていない、つまり、まだ話題性があるうちにCDをリリースすることで、ネットでの楽曲ダウンロード数も、CDの売り上げも相乗効果で上昇するだろう。このタイミングのよさ、判断力、見通しの確かさ、どれをとってもすばらしい。民生氏は、音楽家として優れているだけでなく、実業家としても大変冷静で頭の切れる方である。

勿論、こういった形態が、すべてのアーティストに応用され得るとは思っていない。なぜなら、ひとりカンタビレというライブは、民生氏の音楽家としての力量に拠って立つところが大きいからである。しかし、この、民生氏のパイオニア精神に溢れる挑戦は、「ネット配信 VS CD売り上げ」という図式を、まったく異なる角度から捉えなおし、"Win-Win"関係の構築の可能性を示唆している。

この先、「ライブで新曲発表」→「その日のうちにライブ音源をネット配信」→「後日リミックスしたCDを発売、特典にライブ映像添付」というCDの売り方が主流になっていくのではないだろうか。そうすることで、音楽のネット配信とCD発売とは、適切な「棲み分け」がなされ、どちらも生き残り、音楽業界の発展に寄与するのではないだろうか。

奥田民生氏の今回の挑戦は、私に音楽業界の新たな発展の可能性を感じさせてくれた。そういう意味でも、真に革新的なライブであったと思う。

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